原作者メッセージ
アメリカの南北戦争の時代から、「幻肢」という奇妙な現象が知られるようになってきました。事故や手術で手足を失っても、それが依然存在していると当人に確信される現象のことです。
前頭葉の運動野が筋肉に向かって出した命令を、断端付近の組織が、存在しない筋肉が命令通りの運動を成したとする偽の情報を戻すことによって、小脳と前頭葉をだますという現象です。
これは、四肢の喪失という絶望が、その個体の生存に危機をもたらしかねないような深刻な局面においては、保身のため、脳が喪失部位の幻を見せる、と理解することも可能です。
同様に、子供や恋人など、その個体にとって自身の四肢と同等の重要さを持つ外部の存在が失われた際、脳はこの「幻肢」のブロセスを利用して、そうした他者の姿を見せ、生存のために前頭葉をだまそうとする、それが幽霊なのだ、と説明することもできてきます。
新世紀、幽霊は枯れススキの暗がりではなく、皎々たる脳科学の研究室にこそ、出現する時代になったのです。幽霊がもしも失われた恋人なら、彼または彼女と、恋愛が可能かもしれません。
島田荘司
「幻肢」(文藝春秋刊)